岐阜大学邦楽部

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古典曲
 近代筝曲の祖と称されるのが八橋検校ですが、その孫弟子にあたるのが生田検校でその流れを汲むのが生田流です。また、江戸で山田検校が始めたのが山田流で、関東を中心に広まりました。
 江戸時代に作曲された地唄や筝曲などを総称して古曲と呼んでいます。地唄では、三絃と琴と尺八の三種類の楽器で演奏される三曲演奏に、唄が加わるのが一般的です。また筝曲は琴だけの器楽曲や唄の付いた曲があり、尺八を伴奏に加える場合もあります。
 また、このころ禅宗の一派である普化宗において、虚無僧などにより演奏された尺八曲は古典本曲と呼ばれています。これを集大成したのが黒沢琴古で、尺八の琴古流はこの流れを汲んでいます。またこれとは別に、古曲や民謡の伴奏用の尺八曲は外曲と呼んで区別されました。
明治新曲
 明治になって西洋音楽が入ってくると、邦楽もその影響を受け始めます。この時期の曲は明治新曲などとも呼ばれます。
 尺八界では、明治中期に中尾都山が都山流を始め、独自の外曲と音楽性本位の本曲を次々と発表し、邦楽界に新風を巻き起こして、ついには尺八界最大の組織にまで成長します。
新日本音楽運動
 さらに大正中期から昭和初期にかけて、宮城道雄、吉田清風、本居長世などが中心となり、邦楽と洋楽を融合した新しい日本音楽の創造を目指した日本音楽運動が展開されました。この間に生み出された名曲は、始まって間もないラジオ放送やレコード録音と共に時代に受け入れられ、国内に広く愛好されました。
現代邦楽
 戦後になると、洋楽界から音楽の可能性と新天地を求めて、諸井誠、三木稔、長沢勝俊などの作曲家が精力的に邦楽曲を作曲し始め、日本音楽集団などの合奏団による大合奏曲の演奏活動が行なわれています。
 また邦楽分野からも、沢井忠夫、野村正峰、船川利夫、山本邦山、ネプチューン海山、吉崎克彦、水野利彦、その他の演奏家兼作曲家を輩出し、従来の邦楽の概念に捉われない名曲が、現在も次々と生み出されています。

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