岐阜大学邦楽部

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邦楽部の歴史
昭和 2年
 岐阜高等農林学校の尺八同好会として発足した。当時の師匠は大木景山師であった。その後、同好者の熱意により途絶えることなく引き継がれ、その間、横山コウ山師が景山師から尺八顧問を受けつがれた。
◆昭和29年
 農学部教官の池上八郎(苑山)先生が顧問に就任。
◆昭和35年
 最初の機関紙である「かがり火」創刊号が発行された。のちにこの「かがり火」は、毎年12月にその過ぎ去った1年間を振り返って発行されるようになった。(現在は途絶えている。)
◆昭和36年
 土岐兼子師を顧問として筝が設けられた。この筝の加入によって邦楽部の幅は大きく広がり、部の形態も一新され、ほぼ現在の形ができあがった。
◆昭和40年
 二番目の機関紙「集い」が発行された。この集いは、「かがり火」とは違った目的を持っており、新入生を迎えて間もない6月に発行され、部員同士が互いの作品を通して一層の結びつきを深めるために発行される。(現在は途絶えている。)
◆昭和41年
 念願の学外演奏会が部創立40周年記念演奏会として、日の丸会館において行われる。
◆昭和43年
 第1回に続き、第2回演奏会が同じ日の丸会館において行われた。
◆昭和45年
 火災のため大切な筝を消失するという大事件が起こったにもかかわらず部員のアルバイトや、顧問の先生やOBの方々の協力によって、りっぱに立ち直り、第三回演奏会を成功させた。
◆昭和47年
 レパートリー拡大を目指して、17絃が購入された。
◆平成 3年
 邦楽部卒業生を岐阜会館に集めて池上八郎先生退官記念演奏会が行われる。農学部教官の佐々木栄英(衛山)先生が邦楽部顧問に就任。
◆平成 4年
 土岐兼子師が病没されたため、岡田貞子師が琴顧問に就任。
◆平成 8年
 岡田貞子師が多忙のため、琴顧問に小森ひとみ師が就任。
◆平成13年
 邦楽部卒業生を学内音楽鑑賞室に集めて佐々木栄英先生退官記念演奏会が行われる。農学部教官(現在は応用生物科学部)の西村直正(愴嶺)先生が邦楽部顧問に就任。
◆平成16年
 邦楽部第1次ホームページ立ち上げ(by W)
◆平成17年
 邦楽部第2次ホームページ立ち上げ(by N)
 岐阜大学邦楽部・静岡大学邦楽部・岐阜女子大学筝曲部の三校が岐阜大学に集まり、「夏の学生邦楽交流会 in 岐阜」と称して邦楽交流会を実施する。
 岐阜女子大学の学園祭演奏会に、尺八部員全員が初めて賛助出演する。
 邦楽部OB・OGを学内音楽鑑賞室に集めて、「OB・OG・現役部員合同演奏会」を開催する。
 尺八&シャクルート奏者の谷藤紅山氏をお招きして、招待演奏会「シャクルートの夕べ」を開催する。
◆平成18年
 静岡大学邦楽部を訪問し、両校による交流会を開催する。
 名古屋市立大学邦楽部を岐阜大学にお招きして、交流会を開催する。
◆平成19年
 静岡大学邦楽部を訪問し、両校による交流会を開催する。
 静岡大学邦楽部を岐阜大学にお招きして、交流会を開催する。
◆平成20年
 邦楽部第3次ホームページ立ち上げ(by A)
◆平成24年
 邦楽部OB・OGを集め、「OB・OG演奏会」を開催する。
 工学部教官の新村昌治先生が邦楽部顧問に就任。
◆平成25年
 岐阜大学邦楽部OBと当時部員が中心となり名古屋で「若者のための和楽器コンサートkyo-en」を開く。
   
◆平成26年
 岐阜大学邦楽部を含む全国の学生による邦楽コンサート「学生フェスティバル(京都)」に参加する
以上は、「邦楽部小史」より抜粋すると共に、その他の資料を参考にしました。これ以外の邦楽部の歴史に関する情報や逸話などを存知の方がありましたら、掲示板などでお知らせ頂くと幸いです。

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